渋沢さんたちが中心になって、つまり兜町に代わる新しい経済地区を丸の内につくろうとしたわけです。


政府も払い下げを決定し、丸の内が一応日本の、当時考えると、向こう100年間のヘッドクォーターになるということを決めるわけです。


最近丸の内OLの間で時計 ジェイコブのブランド時計が流行っているということです。


払い下げについて政府が言ったのは、個別にやるとバラバラになるから、一筆でしかやらない、そしてそこの開発は一筆として計画的にやれという条件をつけるわけです。


これはもちろん渋沢さんも一致していました。


さてそこで、一筆をだれが引き受けるかという大問題になるわけです。


最近、十数年前に、三菱がその辺の資料の一部を公開しました。


それによって、いくつかのなぞが解けてきたのです。


一筆ではどの会社も買えない。


基本的には連合して買おうという話になります。


その連合体というのは、当時、なぜか会社名での払い下げはできなくて、法人に対する不信があったのか・・・


あるいは財閥という、個人がその会社を全部握っていたためか、だから個人名でしかわかっていないのです。


いくつかの場合、支配権を守ろうとする組合の努力が、現実に労働者が変化に適応するのを妨害してきました。


そういうことは会社が、従業員を別の組合が代表している分野で再訓練しようとするときよく起こります。


新聞産業での技術変化に関するランドの1985年の研究では、こういう支配権争いのために組合のない新聞が組合のある新聞よりも労働者をよく訓練できたと述べています。


組合合併(1979年から1984年半ばまでに30件ありました)は、支配権の摩擦を減らせるかもしれないと期待されています。


逆説的に言えば、強い組合が弱い組合を吸収しようと争うとき、彼らはひどく陰湿な内ゲバを起こすことが多いのです。


これは1984年にちょうど起こったことです。


当時、チームスターズは国際植字工組合(ITU)を合併しようとAFL-C10に加入しているグラフィック通信国際組合と苦しい戦いをしていました。


その時のITUはオートメーションのためにどんどん職を失っている最中でした。


役員とメンバーの間の内部抗争は、革新的創造的手段を工夫し実行する組合の能力をさらに邪魔するものです。


このような騒動の一つの現れは一般従業員に拒否されるような交渉上の契約です。


この種の摩擦は、リーダーとその行動がメンバーの裁可に縛られる民主的制度にはつきものでしょう。

内ゲバ、現実的な政治・経済的戦略の欠如、そして多くの組合代表者が企業と協力しようとしないこと、です。


アメリカの労働運動は160以上の自律的組合に分かれており(そのうち96はAFL-C10に加入しています)、しばしば利害が異なり支配権が重なり合っています。


したがって数組合が一つの産業内で争奪戦を...繰り広げているのが普通です。


たとえば、全米教育協会とアメリカ教師同盟は、攻撃的な加入者獲得努力を払って競争しています。


同様に通信労働組合、UAW、チームスターズ、電気労働組合のような多くの同朋たちがリヅトン・インダストリーズのようなハイテク企業を組織しようと互いに争ってきました。


支配権に関する摩擦は、往々にして職場にもち込まれるものです。


同じ会社の従業員を2つかそれ以上の組合が代表している場合、各組合はそれぞれの組合に入っている労働者ができることを制限する規制ルールを作ることがしばしばあります。


たとえば、電気工組合に入っていない従業員は、電球を交換するのを禁止されることがよくあるのです。


こういった摩擦は必要のないコストを生み、非組合労働者を探す方がよいと企業に思わせるものです。

労働組合がこれらの変化をうまく処理するための方法や手段を見つける必要性について、アメリカの主要な制度から決して孤立していたわけではありません。


しかし、最も脅威にさらされた仕事が最も組織化されていた部分であったため、そこが組合の弱みとなっています。


レーン・カークランド、ハワード・サミュエル、トーマス・ドナフーのようなAFL-C10の労働指導者たちは、組合がもっと柔軟で適応しやすいものにならねばならないことを理解しています。


他の主な組合役員と協同して、彼らはこの時勢に組合がとりうる行動を確認するため、労働発展委員会を結成しました。


いくつかの勧告の中で、この委員会がAFLlC10に提案したことは、労務管理への労働者参加にもっと組合は積極的に努力するべきだ、ということです。


他の主な提案は、組織化された交渉主体に属さない労働者のために、サービスと便益を提供するような新しい組合員カテゴリーを作ることです。


委員会はまた、組合がその役員や幹事、オルグの教育訓練のためにもっと資金を割り当てるべきだと主張しました。


最後に、委員会は合併時に加入組合を援助し、複数の組合間の加入者争奪を決着するためのメカニズムを創設することをAFLIC10に勧告しました。


これらは将来の労働に組合が、自ら有用な役割を形成するのを助ける基本的な手段です。


しかしこれらの手段やその他の手段を採る緊急の必要性があるにもかかわらず、行く手に3つの大きな障害が立ちふさがっています。

最も力のある組合が配管やレンガ職のように限定されていたのに対して、新しい職の圧倒的大部分は自動車、ゴム、セメント、アルミニウム産業のような大量生産分野で創出されました。


AFLの視野の狭さや制度的硬直性は、このむずかしい経済変遷を通じて、組合が受け入れ可能な役割を定義し実行する能力を弱めてしまったのです。


大量生産に携わる労働者がうまく組織できるかどうかについて何年もの議論をしたのち、ジョン・L・ルイス、フィリップ・マーレイ、ウォルター・ルターその他の人々が保守的なAFLを脱退して産業別会議(C10)を1935年に設立しました。


C10は大量生産に携わる非技能・準技能労働者を組織し、政治活動委員会を作り、アメリカを社会的責任という新しい方向へ動かすのを助けました。


その努力はアメリカの労働力の急増する部分がかかえるニーズに合った革新的方法を創造することによって、組合運動に再び新しい活力をもたらしたのです。


その結果、1920年代を通じて500万から360万人の労働者にまで落ち込んだ組合員は、1930年代に倍の800万人を超えなすた。


労働構造が常に進化しつづけているにもかかわらず、ほとんどの労働組合が必然的な変化に適応するのに失敗しています。


そういった変化は産業の分権化・・・


オートメーション、外国との競争、規制緩和、より学歴の高い、より独立した、より若い労働者の増加や女性・少数民族・・・


これらの人々が大勢を占める労働者の増加によって生じたのです。

ジェームズ氏は、この感情を組合がもはや自助的独占体ではない、という一般に広まった認識によるものだとしています。


労働者の反組合の態度は一般大衆によるこの組織への信頼をより広範に失わせています。


実際、すべてのアメリカの制度の中で、組合に対する信頼が過去20年以上にわたって最も失墜しました。


1980年代中期までに、人口のたった22パーセントが組合に高い信頼をよせていたにすぎません。


倫理的実践と道徳的行為の評価によって、組合指導者たちは弁護士、広告担当経営者、企業経営者、政府の役人、株主より劣る存在とされています。


組合のある会社の中ですら、反組合感情が近年きわめて顕著になってきました。


実際、組合代議員を辞めさせるための不信任投票は1970年以来3倍以上にもなり、組合はその75パーセントに負けました。


組合運動の今日の状態は、半世紀前に直面した苦境と実によく似ています。


その頃、長く盟主を務めるサミュニル・ゴムパースの哲学にしっかりしがみついているアメリカ労働総同盟(AFL)は、技能的職業をメンバーに組み入れることを頑固に制限していました。


多くの組合・・・


特に小売、卸、食品、航空の各産業は、新規雇用あるいは再雇用労働者への支払いを既存の労働者よりかなり減らす、というニ重賃金基準にしぶしぶ同意しました。


1984年の契約交渉で、ニ重制度は主要労働組合取決めで8パーセント、サービス産業では17パーセントとすることになりました。


また1985年の最も注目に値する例は、ユナイテッド航空と航空パイロット協会によって合意されたプラン。


そこでは新しいパイロットは以前の協定のもとで雇われた人々に比べて40パーセント以上も安く支払いを受ける、というものでした。


さらに、メンバーの喪失を埋め合わせようという組合組織化努力も、失敗に終わっています。


1940年代後半から1950年代前半に、組合は下院議員選挙でほぼ75パーセントを獲得しました。


しかし1980年代には、彼らはやっと半数弱を得たにすぎません。


変化の大きいハイテク産業を組織化する大きな努力はさらに実りが少なくありません。


たとえば、1984年に、研究開発、製造に携わる1500のシリコンバレーの企業のうち、組織化された企業は一つもなかったのです。


新しいメンバーを引きつけるのに組合が失敗したことは、強い反組合感情を反映しています。


未組織労働者10のうち7人までが組合に入るつもりはないと報告しています。


アメリカ州郡市従業員同盟、アメリカ通信労働組合、サービス従業員国際組合は、近年ある程度の登録メンバーを獲得しています。


しかしこれらは例外です。


建設、炭鉱、通信、航空産業のような長い歴史のある強力な組合ですら、非組織企業による多大な新しい競争の出現が組織化企業を弱めはじめました。


したがって労働組合は1950年代や60年代には考えられもしなかったような賃金・便益上の譲歩をさせられてきました。


たとえば1983年の交渉で、鉄鋼労働者は9パーセントの賃金カットをのみました。


航空労働者は15パーセントのカットを受け入れ、建設、ゴム、食肉包装産業も同様の譲歩をしました。


1980年まで、契約交渉で後退を余儀なくされる組合などなかったのです。


しかし1981年の契約交渉では8パーセントの賃金カットまたは凍結、1982年には44パーセント、そして1983年には37パーセントが実施されました。


組織労働者は未組織労働者よりそれでも3分の1だけ多く稼得していますが、未組織労働賃金は1982年以来上昇が早まってきています。


組合が民主的役割に成功すれば、アメリカの労働者の賃金、便益、仕事の安全性をより押し上げることができるでしょう。


変化をじゃますることによって労働者の短期的利益を守ることが組合の伝統であったために、いまだに組合は上述の役割を演じ切れていません。


たとえば『20世紀技術小史』の著者ウイリアムズ氏は、組合によって始められた技術進歩の例がほとんどない、と指摘しています。


今日、アメリカの労働組合は深く、そして再起不能なまでに衰退しています。


労働者を引きつけるような役割を決める能力が組合にないことが、労働力のうち組合に入る割合を急激に減少させる原因となっています。


細かく言えば、1955年に農業を除く労働者の3人に1人が組合に入っていたのが、1984年には5人に1人にも満たなくなったのです。


組合の損失は最近加速度的に大きくなりました。


1980年から1984年の間に組織労働者は270万人減りましたが、賃金・俸給を得る全労働者は380万人も増えたのです。


もちろんどの組合も規模が縮小したわけではありません。


チームスターズは1984年に10万人の新メンバーを得ています。


また組合は政府およびサービス労働者にも食い込みました。

公平にみて、民主的行為によって生じた便益は独占的行為のコストをおおおむね埋め合わせています。


しかしフリーマンとメドブが詳細に述べているように、組合行為によるその他のコストと便益は計算するのがさらにむずかしいのです。


・・・たとえば、労働節約的技術の導入を遅らせる法律や規制に対する組合の擁護は、企業・・・


ひいては国家の長期競争力を弱めています。


賃金についての政府のガイドラインを組合が受け入れようとしないために、失業なしに価格を安定しインフレを治めることほとんど不可能です。


また組合は保護貿易主義によって職を守ろうとしたために、消費者は財・サービスに余分に支払いをしなければならなくなっています。


労働組合の生残りにとっての鍵は、民主的な役割を強調することです。


このことは、労働者の技能近代化、財政的に安定した年金、健康保険の確保、職場での民主化の増進・・・


これらを通じて、従業員と企業がもっと簡単に早く変化の受け入れを率先して助けることを意味するものです。

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