本気で絞り出せば、三井や大倉ですから出せたと思うんですが、まだ明治の20何年ですから、あんな丸の内を一筆で買うなんていう決意はないわけです。
岩崎はそれを決意しました。
一種のエピソードで記録には残っているのですが、なぜ決意したかはいまだになぞなんです。
何も使うことがない。
みんなが聞いたら岩崎弥之助は「竹を生やしてトラでも飼うさ」と言ったという話が残っているんです。
基本的には、岩崎弥之助の見通しがあったと思います。
岩崎は、渋沢さんたちとの連合体になっていた郵船の株を相当手放して、丸の内を買うわけです。
それを「三菱が海から陸に上がった」と言われる、岩崎にとっては一つの大きな賭けだったのです。
つまり祖業である船会社を捨てて、そのカネで土地を買ったわけです。
ただ、だれが計算しても郵船を売ったカネでは買えない。
岩崎は実際に政府に払っていますから、どこから出たかは相変わらずなぞで、経済史をやっている人に聞いても、あのカネ全額がどこから出たかはわからないということです。
いまだになぞとされています。