心労がもとで岩崎弥太郎さんは死に、岩崎弥之助から見ると渋沢と三井は自分のお兄さんを殺した相手で、そして自分の会社を奪われたわけですから、渋沢と組むのは嫌だと、なかなかウンと言わなかったのです。
・・・結局、番頭の川田が間に立って、渋沢さんと調印書をつくって、渋沢さんと弥之助さんが調印することになりました。
その連合で引き受けるという調印予定書というのを三菱が最近公開したのですが、渋沢さんが弥之助さんのところへ調印に出かけたら、弥之助がその席で、それはしない、うちは一社で買うと言うんです。
一社で買えるお金があるかどうかは問題なんですが、一社で買うんですね。
・・・これは大変ドラマチックな話で、その数カ月前、三菱の番頭さんの一人の荘田平五郎がロンドンに行っていまして、いよいよ政府が払い下げをやるというのを英字新聞で読んだらしいんです。
それですぐ電報を打ちました。
イギリスのロンバート街という金融街を見ていたらしくて、とにかく日本にはろくな経済ビジネス街がない、丸の内がそうなることを政府で決めた、荘田さんは実は昔その審議に加わっているからよく知っている。
いよいよ払い下げると言うから、何としてでも一社でそれを引き受けろという電報を打ちました。
弥之助さんはそれを見て翻意したと言われているんです。
ところが、三菱が一社で買うとなると、渋沢さんたちは連合ですが、それに対抗して買うお金が出ない。
・・・出ないと言うより、一種の決意の問題だったと見ていいと思います。